自立と依存

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愛しいわが子にはいつか自立してほしいもの。でも同時に、自立ばかりを求めすぎず、依存することに対して寛容であることもまた大切なのではないでしょうか。

 

最近のドラマでも注目が集まるなか、「自立」と「依存」との関係性について考えてみました。

 

「卒母のススメ」の投稿文

 

毎日新聞が実施している企画「卒母のススメ」に投稿された文章(2017年7月10日)が、SNSを中心に話題を呼んでいます。

努力は実を結ばないのね

虫歯で苦労しないよう仕上げ磨きを欠かさなかったのに、今じゃ歯磨きしない男に。毎晩本を読み聞かせていたのに、今じゃケータイ以外の活字は読まない男に。保育園や学校の給食表を冷蔵庫に張り、献立が重ならないよう手作りしていたのに、今じゃカップ麺大好き男に。環境のため親子でエコ活動していたのに、今じゃ一面ごみの部屋で暮らす男に。

少子化バンザイ。こんな理不尽な母親になれなんて、未来ある人に絶対言えない。徒労感いっぱいで、私は卒親する気満々だ。ただ、あふれる愛で、大切な存在を守ることに必死だった日々。幻でも一時それがあったことに感謝している。

卒親にあたって息子らにひと言。「努力が全く実を結ばない世界があるってこと、教えてくれてありがとう」(西東京市、疲れた母、55歳)

 

毎日新聞の「卒母のススメ」という企画は、漫画「毎日かあさん」で知られる人気漫画家・西原理恵子さんの“卒母”宣言を引き継いで実施されているものです。

 

親から子への過干渉が社会的風潮としてあると言われる中、母親業の卒業を謳ったこのような投稿に多くの声が寄せられました。

 

 

望まれる自立

 

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この背景には、一方で子への過干渉という風潮だけでなく、他方で子に自立してほしいという親(または大人一般)の願いがあります。

 

少し辞書をひいて確認をしておくなら、「自立」とは「他への従属から離れて、独り立ちすること。他からの支配や助力を受けずに存在すること。」という意味だそうです。またそれは「依存」の対義語として位置付けられています。

 

このような「自立」は、往々にして教育の目標として語られてきました。

 

たとえば18Cの大哲学者イマニュエル・カントは、『啓蒙とは何か』(1784)の冒頭で次のように語っています。

 

啓蒙とは、人間が自分の未成年状態から抜けでることである、ところでこの状態は、人間が自ら招いたものであるから、彼自身にその責めがある。未成年とは、他人の指導がなければ、自分自身の悟性を使用し得ない状態である

 

ほかの箇所では「人間は教育によってはじめて人間となることができる」ともいうカントは、このように他者への依存という未成年状態から脱して、自己自身を律することができる自由で成熟した「強い」人間になることを教育の目標に据えました。

 

このような考え方、つまり人間は他の人に依存することなく自立するべきだという考え方は、近代以降の教育に、それこそ私たちが生きる現代にいたるまで多くの影響を与えてきています。

 

相互依存というあたりまえのこと

 

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このような背景もあり、自立か依存どちらが良いかと言われれば、多くの人は前者と答えるかもしれませんし、「依存」と聞くと多くの人はマイナスのイメージを抱くかもしれません。自立している人の方が「強く」、依存している人の方が「弱い」、という感じに。

 

そのため、依存はこれまで過保護やパラサイトシングル、ひきこもりや依存症など、多くの形となって問題視されてきました。

 

とはいっても、単に自立が良くて依存が良くないのかというと、決してそうとも言えないのかもしれません

 

哲学者の鷲田清一さんは、「人間は考える葦である」でよく知られているパスカルの思想を取り入れながら、次のように話しています。

「自己決定」をするにはじぶんに見えないものが多すぎるのであり、自己の存在についてすら、「責任」をとりきれないのがわたしたちなのだ。老いや幼さだけが、じぶんで背負いきれないものなのではない。そして、じぶんでじぶんのことが担いきれない、そういう不完全な存在という意味では、だれもが傷や病や障害を普通の事として抱え込んでいると言ってよい。

少し想像をはたらかせてみれば、ふだん「私は自立した大人だ」と思っている人でも、調理や排泄物処理、介護、インフラ、教育などなど、公共制度やサービス機関に多くを依存していることがわかります。

 

かつてそのような役割は家族や地域など目に見えるところの人によって担われていましたが、今はもうそうとは言いにくい状況にあります。だからこそ、人と人とが「互いに依存しあっている」というあたりまえの事実を忘れやすくなってしまっているのではないでしょうか。

 

私たちが「自立」と思っていることも、もしかしたらたくさんの依存の上に築き上げられた思い込みなのかもしれません。

 

 

弱さという強さ

 

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冒頭でご紹介した「卒母のススメ」の投稿は、依存する息子たちに対する不満だけではなく、「努力が全く実を結ばない世界があるってこと、教えてくれてありがとう」という感謝の言葉を記しています。

 

ここには、一方では自立した「強い」大人として息子たちを育んできた母親が、他方でその息子たちから親の意思だけではどうにもならないことがあるという「弱さ」を教えてもらっている、そのような関係性があるといえるのではないでしょうか。

 

皆が皆、必ずどこかに弱さを持っている。このような視点を持つことは、まわりまわって私たちを本当に強くしてくれるのかもしれません。

 

■参考資料

「“卒母”宣言 子離れできますか」NHKクローズアップ現代(2017年6月26日).最終閲覧日2017年7月26日.

https://www.nhk.or.jp/gendai/articles/3998/index.html

「おんなのしんぶん 卒母のススメ」毎日新聞.2017年7月10日最終更新.最終閲覧日2017年7月26日.

https://mainichi.jp/articles/20170710/ddm/014/070/006000c

カント著 篠田英雄訳(1980)『啓蒙とは何か』岩波書店.

鷲田清一・内田樹著(2008)『大人のいない国』プレジデント社.

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